別れはゆっくりとした時間の中で・・・

今まであまり、親族関係の葬儀というもの経験することがありませんでした。
初めて会ったのが十数年か前の義父の葬儀でした。
妻の方は親戚が多かったので初めての義父の葬儀は盛大(?)なものとなりました。団地の集会所を借り、同じ号棟の人達に受付を頼み、「御逮夜」などという事を集会所でしたりしていました。私は、さっぱりなにが何やら分からず、ただただ葬儀社の言うとおりに動いて、たくさんの親戚の人達に葬儀社から聞いたことを報告し、どうしたらいいかを聞いて、また、葬儀社に連絡したり、とにかく人数を数えたりすることで結局、地゛糞が何をしているのかわからぬまま終わってしまいました。
義母と父の葬儀の時は、もう、親類縁者も少なかったので「家族葬」という事にして、本当に身内の者だけで葬儀を行いました。
その時は本当に義父の葬儀と比べると、時間が余りすぎる程あり、ゆっくり思い出話ができたり、何度も棺桶の窓を開けて、顔を見ては様々な話をする事が出来ました。
特に私の父は教育関係で地元では有名になっていた人間なので、もし「家族葬」でなければ、たくさんの人が訪れ、私の知らない人達とも「知ってるふり」をして話をしたり、お世話をしたりして、ゆっくりと別れの時間を持つことができなかったと今でも思っています。
「家族葬にします」と言ってもやはりどうしても焼香したいとやってくる方もいら紗って、対応に困ったこともありました。しかし、やはり肉親の最後は、本当に医書に暮らしてきた人と共に一夜を過ごしたり、静かに思い出話をしたりしていたいものだ、ドタバタと「葬儀の手順」に追われるよりもよほど送る側も、また「送られる側」にとっても幸せなのではないかと実感しました。
寺の会館で死んだ父と一緒に最後の一夜を静かに過ごせたことが、何よりも私にとっては供養になるのではないかと感じました